- 「こども素晴らしい論」は、赤ちゃん期だけで語られがちです。
- 1歳前後と4歳以降では、育児の難易度がまるで別ゲーです。
- SNSの綺麗ごとより、生活の現場を見た言葉のほうが重いですw
はじめに
30歳男のTai Chiさんが語った「SNSでこども素晴らしい論を語る男のこども、大体まだ1歳前後。赤ちゃんの時期しか見てないから思い込みと勘違いで決めつけられる。おれが奢った4歳児育ててるダチは目が死んでた」という見方、かなり的確だと思います。もちろん赤ちゃん期も大変です。でも、まだ「かわいい」が勝ちやすい時期でもあります。そこだけ見て育児全体を語ると、どうしても思い込みが混ざります。4歳児以降の育児は、かわいさだけでは突破できない現実が一気に増えますw
1. 赤ちゃん期は「かわいい」が圧倒的に強すぎるw
まず大前提として、1歳前後のこどもは反則級にかわいいです。よちよち歩く、言葉にならない声を出す、笑う、寝る、泣く。どれも絵になります。SNSに載せれば「尊い」「癒やし」「天使ですか?」みたいな反応が返ってきます。
この時期だけを見ていると、「育児って大変だけど、結局は愛で乗り越えられるよね」と言いたくなる気持ちはわかります。けれど、それはまだ序章です。赤ちゃん期は意思表示が未完成なので、親側が「この子はこう思っているはず」と解釈できます。つまり、親の物語にこどもを乗せやすいです。
だからSNSで「こどもは素晴らしい」「育児で人生が変わった」「親になると世界が輝く」と語る男が、じつはまだ赤ちゃん期しか知らないというのは、かなりありそうです。綺麗な景色だけ見て登山を語っている状態ですw 山頂前の泥道、虫、雨、膝の痛みを知らないまま「登山最高!」と言っている感じです。
2. 4歳前後から「かわいい」だけでは処理できない会話が始まる!!
4歳くらいになると、こどもはかなり喋ります。しかも、ただ喋るだけではありません。なぜ?どうして?いまじゃないとダメ?これ買って?なんでママはいいの?なんでパパはダメなの?と、質問と要求が無限に飛んできます。
赤ちゃん期の泣き声も大変ですが、4歳児の「言葉で詰めてくる感じ」は別のしんどさがあります。こちらの矛盾も突いてきます。昨日はいいって言ったよね? なんで今日はダメなの? と言われた瞬間、親のほうが論破されますw
ここで初めて、育児は「かわいがる作業」ではなく、「毎日ちいさな社会と交渉する作業」だと気づきます。これが本当に疲れます。こどもは悪気なく全力です。親は仕事や家事や睡眠不足を抱えながら対応します。そりゃ目も死にます。
3. SNSに出る育児は「見せられる部分」だけですw
SNSに流れる育児投稿は、基本的に見せられる部分です。寝顔、笑顔、手作りご飯、家族旅行、成長エピソード、感動した言葉。どれも本当ではあります。でも、それだけが育児ではありません。
実際には、床にこぼれた牛乳、片づけても散らかる部屋、出発5分前の着替え拒否、スーパーでの座り込み、夜中の咳、謎の不機嫌、親の体調不良、夫婦間の温度差などが山ほどあります。けれど、そういう場面は写真映えしません。
だからSNSの「こども素晴らしい論」は、どうしても編集済みの育児になります。映画の予告だけ見て本編を語るようなものです。予告は感動的でも、本編には長い沈黙と疲労と地味な後片づけがありますw
Tai Chiさんの言う「赤ちゃんの時期しか見てないから思い込みと勘違いで決めつけられる」という感覚は、まさにこの編集のズレを突いています。見ている範囲が狭いほど、言葉は大きくなりがちです。
4. 4歳児育児は「体力」より「精神力」を削ってくる!!
0歳から1歳の育児は、抱っこ、授乳、夜泣き、オムツ、寝かしつけなど、体力勝負の側面が大きいです。もちろんこれも本当にきついです。ただ、4歳前後になると、しんどさの種類が変わります。
4歳児は走ります。喋ります。交渉します。拒否します。急に泣きます。急に笑います。さっきまで「これがいい」と言っていたのに、次の瞬間「やっぱり違う」と言います。しかもそれを一日に何度も繰り返しますw
親は毎回、怒りすぎないように、でも甘やかしすぎないように、危なくないように、でも挑戦もさせるように、周囲に迷惑をかけないように、でもこどもの気持ちも折らないように考えます。この調整がとにかく重いです。
つまり4歳児育児は、親の脳内メモリをずっと食い続けます。アプリを閉じても裏で動いている常駐ソフトみたいなものですw だから「4歳児育ててるダチは目が死んでた」という表現には、妙な説得力があります。目が死ぬのは愛がないからではなく、愛だけでは処理しきれない量が来るからです。
5. 「育児を語る男」の中には、実務を見ていないケースがある!?
ここがいちばん刺さるところです。SNSで育児論を語る男が、どこまで実務を担っているのかは外から見えません。たまの公園、休日の抱っこ、写真映えするお出かけ、寝顔を見て感動。もちろんそれも育児の一部です。
でも、毎日の準備、保育園との連絡、服のサイズ管理、予防接種、食べムラ対応、病院探し、持ち物チェック、爪切り、歯磨き、寝る前のぐずり、朝の戦争。このあたりを誰がどれだけ背負っているのかで、育児の見え方はまったく変わります。
実務の中心にいるひとは、育児を綺麗な言葉だけで語れません。もちろんこどもはかわいいです。かけがえがないです。でも同時に、しんどい、眠い、逃げたい、もう無理、でもやるしかない、という感情もあります。
だから「こどもって素晴らしいですよね!」だけを大声で語る男に対して、「いや、あなた本当に現場見てます?」という疑問が出るのは自然ですw しかも赤ちゃん期だけでその結論に飛ぶと、なおさら薄く見えます。
本当に怖いのは「こどもは素晴らしい」で終わらせることです
こどもが素晴らしい存在であること自体は、否定しません。むしろ、そこは多くの親が感じているはずです。問題は、その言葉で育児の重さを雑に包んでしまうことです。
「こどもは素晴らしい」と言うなら、「でも親は限界になることもあります」までセットで言うべきです。「育児は尊い」と言うなら、「だから社会全体で支えないと壊れます」まで言うべきです。
素晴らしいから、しんどくないわけではありません。愛しているから、疲れないわけでもありません。むしろ大切だからこそ、逃げられないし、手を抜けないし、ずっと気を張ります。ここを見落とすと、育児論は急にポエムになりますw
Tai Chiさんの言葉が刺さるのは、「綺麗な育児語り」と「現場の疲労」のズレを一言で言っているからです。9000人に奢ったという特殊な経験から、いろいろな親の顔を見てきたのだとしたら、そこで見えた疲れはかなりリアルです。
質疑応答コーナー

赤ちゃん期だけ見て「育児最高!」って言うの、やっぱりちょっと早すぎません??

早すぎる面はありますね。赤ちゃん期も大変ですが、4歳以降はこどもの意思、言葉、感情、社会性が一気に出てきます。そこで初めて「親として毎日向き合うしんどさ」が見えます。だから赤ちゃん期だけで育児全体を語ると、かなり都合よく切り取った話になりやすいです。

SNSの育児ポエムって、なんか綺麗すぎますよね??

綺麗な部分だけを投稿しやすい場所ですからね。寝顔や成長の感動は載せやすいですが、朝の着替え拒否や夜の限界顔は載せにくいです。だから見る側も「これは編集された一部だ」と思っておくほうが安全です。現場はもっと泥くさいですw

でも「こどもは素晴らしい」って言うこと自体は悪くないっすか??

悪くありません。むしろ大切な感覚です。ただし、それだけで終わると危ういです。「素晴らしい」と「しんどい」は両立します。こどもが大切だからこそ、親は疲れます。そこまで言えるなら、育児の言葉としてかなり信頼できます。
まとめ
- 赤ちゃん期だけの「こども素晴らしい論」は、かなり美化されやすいですw
- 4歳以降の育児は、言葉・感情・交渉が増えて一気に別ゲーになります。
- こどもは素晴らしいですが、親の限界も本物です⇒そこまで語ってこそ現実的です!!









































