- 😂を多用するひとは、場を盛り上げているつもりで“承認欲求”を漏らしている場合があります。
- プロ奢リヤーの指摘は乱暴に見えて、コミュニケーションの裏側をかなり突いています。
- 「笑わせたい」より「笑ってるじぶんを見てほしい」が前に出ると、周囲は静かに冷めます。
はじめに
9000人に奢った30歳インフルエンサーのTai Chiことプロ奢リヤーが、新曲「泣き笑いエゴサマン」でぶっ放した主張が、思った以上に刺さります。「泣き笑い絵文字😂を使う奴はエゴサの前におれの歌を聞け」という入口、よく見るとかなり現代的です。この論調にはかなり同意します。なぜなら、😂はただの絵文字ではなく、使い方によっては“じぶんの面白さを先に予約する記号”になるからです。
【1】😂は「笑ってます」ではなく「おれ、おもろいでしょ?」の看板になりがちですw
泣き笑い絵文字😂は、本来なら「めちゃくちゃ笑いました」という便利な記号です。
しかし、問題は“じぶんの発言の後ろに置く😂”です。
- 「これ言うおれ、センスあるでしょ😂」
- 「このツッコミ、効いてるっしょ😂」
- 「まあ冗談だけど、わかるひとにはわかるよね😂」
こういう使い方になると、笑っているというより、じぶんの発言に拍手ボタンを付けている状態になります。
周囲からすると、まだ誰も笑っていないのに本人だけが先に爆笑しているので、ちょっと置いていかれます。
しかも、これが毎回続くと、文章のテンションが全部「先に笑っときますねw」になります。
その結果、受け手は「いや、こっちが笑うかどうか決めます」と感じます。
プロ奢リヤーのいう「じぶんおもろいっしょとか勘違いしてる」という指摘は、かなりここを突いています。
【2】😂多用マンは、じぶんの痛さを“ノリ”でコーティングしがちです!!
泣き笑い絵文字の強いところは、どんな発言でも軽く見せられることです。
強めの皮肉も、失礼な発言も、ちょっとしたマウントも、最後に😂を付けると「冗談ですけど?」という逃げ道ができます。
- 「いやそれ普通にダサくない?😂」
- 「まだそんなこと言ってるのウケます😂」
- 「まあじぶんはやらないっすね😂」
これ、送っている側はラクです。
でも、受け取る側はけっこう疲れます。
なぜなら、こちらが傷ついたり引いたりしても、相手は「冗談にマジになるなよ」という顔ができるからです。
つまり😂は、時に責任回避のクッションになります。
プロ奢リヤーが言うように、周囲から「もういいよ、やめろよ」と痛がられているケースは、たぶんここです。
本人は場を和ませているつもりでも、実際は空気の悪さを絵文字でごまかしているだけのことがあります。
【3】エゴサ好きと😂多用は、かなり相性が良すぎますwww
エゴサーチが好きなひとは、じぶんがどう見られているかに敏感です。
これは悪いことではありません。
発信者なら、反応を見るのは自然です。
ただし、そこに「じぶんは面白いと思われているはず」という期待が乗ると、話が変わります。
😂を多用するひとは、投稿の中であらかじめ「ここ笑うところです」と示します。
そして投稿後に、じぶんの名前やネタがどう受け取られているかを探します。
- 笑わせたい
- 笑われたい
- ウケている証拠を見たい
- じぶんのセンスが認められたことを確認したい
この流れ、かなりエゴサと噛み合います。
だから「泣き笑い絵文字😂使う奴はエゴサーチ大好き」という歌詞的な断言は、雑に見えて妙にリアルです。
要するに、😂は単なる装飾ではなく、「おれの面白さ、ちゃんと伝わってますよね?」という確認作業の一部になっている場合があります。
この感覚を9000人に奢って、無数の会話とテンションを見てきた男が言うなら、説得力があります。
【4】😂は“痛いじぶん”を見えにくくするけど、周囲には逆に見えています!!
本人は😂を付けることで、軽く・明るく・たのしい空気を作っているつもりです。
しかし、受け手にはその奥の必死さが見えることがあります。
- 本当は強く言いたいけど、嫌われたくない
- 本当はマウントを取りたいけど、冗談っぽく見せたい
- 本当は反応がほしいけど、余裕があるふりをしたい
- 本当は傷ついているけど、笑って流しているように見せたい
こういう心理が、😂の奥からにじみます。
そして、周囲は意外とそれに気づきます。
「このひと、明るいな」ではなく、「このひと、けっこう無理してるな」と思われることもあります。
ここがキツいところです。
😂を付ければ付けるほど、本人はラクになっているつもりなのに、周囲には“ラクそうに見せたい焦り”が伝わります。
結果として、「もういいよやめろよ」と痛がられるわけです。
【5】本当に面白いひとは、じぶんで笑いを指定しすぎませんw
面白い発言は、受け手が勝手に笑います。
もちろん絵文字を使うこと自体が悪いわけではありません。
問題は、毎回のように😂で「ここ笑っていいですよ」と誘導することです。
本当に強いユーモアは、意外と静かです。
余白があります。
受け手が「今のじわじわ来るな」と思える間があります。
- 言い切って終わる
- 余計な保険をかけない
- 笑いどころを説明しない
- 反応を取りに行きすぎない
これができるひとは、たぶん😂に頼りすぎません。
逆に、毎回😂を置かないと不安なひとは、じぶんの言葉だけでは届かないと思っているのかもしれません。
プロ奢リヤーの主張に同意するのは、ここです。
彼の言い方はかなり強いですが、要するに「笑いのセルフ採点をやめろ」という話に見えます。
これはSNS時代のかなり重要な指摘です。
質疑応答コーナー

😂を使うだけでそんなに痛く見えるもんなんすか??

問題は、じぶんの発言に😂を付けて「面白いですよね」と先回りすることです。笑いは受け手が決めるものなので、発信者が先に決めすぎると押しつけ感が出ます。

でも、空気をやわらかくするために使うこともありますよね??

もちろんあります。やさしい使い方もあります。ただ、皮肉・マウント・自虐・悪口のあとに😂を置くと、空気をやわらかくしているようで、実は責任をぼかしていることがあります。そこを周囲は見ています。

じゃあ、エゴサ好きなひとほど😂を使いやすいんすか??

傾向としては相性がいいと思います。😂は「ここが面白いところです」という合図になりやすいです。そしてエゴサは「その面白さが伝わったか」を確認する行動です。だから、プロ奢リヤーの指摘はかなり的確です。
まとめ
- 😂多用は、笑いよりも承認欲求が前に出ることがあります。
- プロ奢リヤーの「泣き笑いエゴサマン」的な指摘は、かなり現代SNSの核心を突いています。
- 面白さは絵文字で盛るより、言葉と余白で勝負したほうが強いですw






































