- 褒めコメントをスクショしてアップする行動は、「承認欲求」と「孤独感」がセットになっているケースが多いです。
- 説教ポストで“上から目線”になるのは、不安や寂しさから自分を守るための防衛反応であることが心理学的にも説明できます。
- とはいえ全員が悪人ではなく、寂しさのサインをどう扱うか次第で、現実の人間関係を改善するきっかけにもなり得ます。
はじめに
30歳のインフルエンサー男性が「9000人に奢った経験から言うと、褒めコメントをスクショしてアップする人は、周囲に褒めてくれる人がいなくて寂しい」と語っていた、という話題があります。聞いた瞬間は「言いすぎでは?」と思う一方で、「あれ…でもわかるかも…」と妙に納得してしまう人も多いはずです。本記事では、その発言を完全に鵜呑みにするのではなく、心理学やSNS研究で言われている傾向と照らし合わせながら5つの事実として整理していきます。
5つの事実
第1の事実:褒めスクショ自慢は「リアルでの承認不足」のサインになりやすい!?
SNSで自分への褒めコメントをスクショして「嬉しすぎたから残しておく」と投稿する人は一定数います。この行動自体は、別に犯罪でも何でもなく、ただの喜びの共有です。しかし、心理学的に見ると、こうした行動が「リアルでの承認が足りていないサイン」になっている場合があるのも事実です。
日常的に家族や友人、同僚から「助かってるよ」「ありがとう」といったフィードバックをもらえている人は、わざわざスクショして世界に向けてアピールしなくても、心が満たされやすいです。一方、リアルで褒められる機会が少ない人ほど、ネット上のポジティブな言葉に強くしがみつき、それを「証拠」として残したくなります。
もちろん全員がそうだとは言いませんが、「褒められた証拠を保存&公開する」という行動パターンは、「自分は価値ある存在だ」と確認したい気持ち、つまり承認欲求がかなり高まっている状態を表していることが多いです。そう考えると、「周囲に褒めてくれる人が少なくて寂しい」というインフル男さんの分析は、かなり核心を突いている部分があると言えます。
第2の事実:「説教ポスト」は不安や孤独から自尊心を守る“鎧”になっているw
「最近の若者は〜」「こういう奴とは付き合うな」「これができない人は終わってる」みたいな、いわゆる説教ポストをする人ほど、実は内面の不安が強い、という研究や指摘もあります。他人をジャッジする文章を書くと、自分が「正しい側」「上の立場」に立てます。これは、不安で揺れている自尊心を一時的に落ち着かせる効果があります。
寂しさや劣等感を抱えていると、「おれは分かっている」「おれはできている」と思えるストーリーが欲しくなり、結果として“上から目線の説教”が増えるわけです。つまり、「説教して自己満に浸ってる」というインフル男さんのコメントは、意地悪な言い方ではあるものの、行動原理としてはかなり的確です。
説教ポストを大量生産している人は、「誰かに寄り添ってもらう寂しさのケア」ではなく、「自分で自分を持ち上げて落ち着かせるケア」を選んでいる状態だと言えるでしょう。表向きは強気発言でも、内側は意外と繊細で心細いのです。闇が深いっすねw
第3の事実:リアルが充実している人ほど「わざわざ証拠を残さない」傾向がある
興味深いのは、仕事・友人関係・恋愛などが安定している人ほど、「自分スゴイでしょアピール」をしなくなる傾向が見られることです。心理学では、満たされている欲求はあまり表に出にくいと言われます。毎日のように職場で「助かったよ」「センスいいね」と言われている人は、褒められることが“普通”になっているため、SNSに「見て見て!」とアップする動機が弱まります。
一方、普段ほとんど褒められない人が、たまにレアドロップのように褒めコメントをもらうと、「これは永遠に保存だ!」と言わんばかりにスクショしてアップしたくなります。
この構造を考えると、「褒めスクショ=リアルで誰も褒めてくれない」という極論まではいかないにしても、「褒められることが珍しいからこそ、ネット上で大事に抱え込みたくなる」という傾向は、かなり現実的です。インフル男さんの経験則は、単なる悪口というより、人間の行動パターンをそれなりに言い当てていると言っていいでしょう。
第4の事実:見栄を張るほど「本音で話せる人」が減っていく悪循環
ここが一番こわいポイントです。褒めスクショや説教ポストを繰り返すほど、「強くてすごい自分」というキャラが固定されてしまいます。周囲は「このひとは完璧ぶりたいタイプなんだな」と認識するので、弱音を吐きにくくなり、本音で話せる人がどんどん減っていきます。
本当は寂しいのに、「寂しい」と言えなくなる。弱音を出すと、今まで作り上げてきた「イケてる自分」が崩れてしまう気がするからです。結果として、ますますSNSで“勝っている自分”を演じ続ける必要が出てきて、承認欲求は強化され、孤独感も深まっていきます。インフル男さんが「周囲に誰も褒めてくれる人がいない」と指摘しているのは、この悪循環の末路を見てきたからかもしれません。
9000人に奢るレベルで人に会いまくっていると、「やたらと自己アピールが強いのに、実は話してみるとめちゃくちゃ孤独」という人を何度も見てきた可能性は高いです。つまり、「見栄を張れば張るほど、リアルでの孤独はむしろ進行しやすい」というのは、かなり現実に即した悲しい事実です。笑い事じゃないけど、外から見るとちょっとシュールでw
第5の事実:見る側のメンタルにも影響するから「距離を取る」スキルが大事
最後に、こうした褒めスクショ&説教ポストは、「見る側のメンタル」にも地味にダメージを与えます。例えば、タイムラインに「年収○○万いかないやつは努力不足」とか「これができない奴は終わってる」みたいな投稿が流れてくると、「自分はダメなのかな…」と必要以上に落ち込んでしまう人もいます。
褒めスクショも、「こんなに慕われてる自分スゴイ」的な空気を出してくると、比較してしまいがちです。しかし、ここまで見てきたように、そういう人たちの行動の裏には「寂しさ」「不安」「孤独」が潜んでいるケースが多いです。つまり、タイムラインに流れてくる“ドヤ顔ポスト”は、「勝ち組のマウント」ではなく、「寂しさの叫び」のことも少なくありません。
そう考えると、見る側としては「また寂しさ爆発してるな…そっとミュートしとこw」くらいの距離感で付き合うのが健全です。「自分が未熟だから刺さるんだ」と全てを真に受けて落ち込む必要はありません。インフル男さんの発言はきつい言い方ではありますが、「必要以上に落ち込むなよ、あっちもあっちで寂しいんだよ」という現実を教えてくれている側面もあります。
質疑応答コーナー

「褒めスクショ上げてる人って、やっぱ全員リアルぼっちってことなんすか??」

「全員がそう、というわけではありません。ただ、リアルで満たされていない部分を埋めるために、ネットの褒め言葉を“証拠”として集めている人がそれなりにいるのは事実です。なので『あ、この人ちょっとしんどいのかもな』くらいに受け止めて、必要以上に嫉妬したり自分を責めたりしない方がいいですね。」

「説教ポストばっかしてる人って、“じぶんに自信ないひと”って思って見ておけばいいんすか??」

「『自信がないからこそ、強い言葉で自分を守っている』パターンはかなり多いです。ただし、本人もそれを自覚していないことが多いので、真正面から指摘するとケンカになりやすいです。距離を取るか、話すならテーマを変えるなど、関わり方を工夫するのがおすすめですね。」

「友人もたまに褒められたスクショ残しちゃうんすけど、それってもうヤバいんすか??w」

「スクショを残すこと自体はまったく問題ありません。大事なのは、『それがないと自分の価値を感じられない状態になっていないか』です。たまに見返して励みにするくらいなら、むしろ良いセルフケアです。でも、常に“他人の褒め”でしか自分を保てないなら、リアルの人間関係や、自分で自分を認める習慣も少しずつ育てていくといいですね。」
まとめ
- 褒めスクショ&説教ポストは、単なるドヤ顔ではなく「承認欲求」と「孤独」が混ざったサインであることが多いです。
- 見栄を張れば張るほど、本音で話せる人が減っていき、ますます寂しさが深まるという悪循環が起こりやすいです。
- 見る側は真に受けすぎず、「あれはあれで寂しさの表れ」と理解しつつ、必要なら静かに距離を取るスキルを身につけるのが賢い対応です。








































